報道写真が語るミトホルツ爆発事故の惨状
1947年、スイスアルプスを抱くベルナーオーバーラント地方で、軍の弾薬庫にあった3千トンの弾薬と爆薬が爆発を起こした。ミトホルツ村の住民9人が犠牲となり、村全体が廃墟と化した。
このコンテンツは 2020/10/28
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- Deutsch Historische Pressebilder zeigen die Folgen der Explosion
- Español La catástrofe en imágenes de prensa
- Português Imagens históricas mostram a escala da destruição
- 中文 大爆炸发生后的历史新闻图片
- عربي صور صحفية تاريخية تظهر عواقب الإنفجار
- Français Images de presse
- English Historic press photos show the aftermath of Mitholz explosion
- Italiano Le foto storiche illustrano le conseguenze dell'esplosione
今日でも、ミトホルツ村の上にそびえる岩壁に、深くえぐられた跡が残っている。爆発事故は世界中で大きく報じられ、長い間、世界最大の非核爆発事故だった。「我々の村が破壊され、燃やされたとき、国全体に衝撃が走った。今、我々に新しいものがもたらされ、喜びが戻ってきた」―― 1948年に再建されたある家屋に刻まれた言葉だ。
長い間、残った弾薬に危険はないと考えられていた。爆発した弾薬庫は、20世紀後半に軍医薬品センターに改築された。だが今、こうした方針は見直され、スイス国防省は残りの弾薬を回収すると決定。ミトホルツの住人は10年間避難しなければならなくなった。
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