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経済格差が100年拡大しないスイスの秘密

スイス中部のツーク州では上位10%の高所得者が所得の46%を得るが、納税額全体の88%を収めている Keystone / Urs Flueeler

世界各国で貧富の差が拡大するなか、スイスでは1930年代から所得格差がほとんど広がっていない。背景には柔軟な労働市場や教育制度がある。

このコンテンツは 2022/05/21 09:00

経済格差をどこまで許容するか?どの時点から社会にとってのリスクになるのか?こうしたテーマは長い間、学者の研究対象になっている。

未だに明白な答えが出ないのは、極めて政治的な問題が絡むからだ。一部の学者は格差が全く無い国では働く動機や生産性が低下すると論じる。

スイスの左派政党は長年、富裕層への課税を強化するよう求めてきたが、いずれの試みも失敗に終わった。直近では昨年9月、キャピタルゲイン課税を強化する通称「99%イニシアチブ」が国民投票で否決された。利子や配当収入などキャピタルゲインへの課税を所得課税よりも重くする案だった。

イニシアチブを主導した社会民主党青年部は、その狙いを「超富裕層の特権に終止符を打つ」ことだと語った。イニシアチブの名は、富裕層の富が国民の99%の上に成り立っていることから取った。

こうした議論を数字で裏付けるべく、ルツェルン大学のスイス経済政策研究所(IWP)が4月、国内の労働収入や資本収入が過去100年どう分配されてきたかを示すデータバンク他のサイトへを公開した。

資産に関するデータは含んでおらず、富の分配を全面的に網羅しているわけではないが、その一部を垣間見ることはできる。

トマ・ピケティの理論に依拠

4月20日に公開された「スイス不平等データベース(SID)」は連邦、州、基礎自治体の税務当局のデータを基にしている。1917~2018年の所得分配をインタラクティブに表示するデータバンクだ。

格差研究で著名な仏経済学者トマ・ピケティ氏率いる世界不平等研究所の「世界不平等データベース(WID)他のサイトへ」に倣った。WIDをもとに、世界の不平等報告書が毎年発行されている。

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IWPは、スイスの所得分配が過去数十年一定の比率を保ってきたことを明らかにした。スイスの高所得者上位10%は所得全体の約3分の1を稼いでいる(納税前)。

この比率は1930年代前半からほとんど変わっていない。国家による再分配により、比率は30%に微減するが、それも安定している。

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IWPの社会政策分野の主任を務めるメラニー・ヘナー他のサイトへ氏はswissinfo.chの取材に対し、「この100年で経済危機や戦争などさまざまな出来事が起こった」ことを踏まえると、スイスの所得格差が100年前から広がっていないのは注目に値すると話した。この点において、スイスは国際的に見て例外に属するという。

メラニー・ヘナー氏 IWP

4月末に公表された世界不平等リポート2022他のサイトへは、1980年代から「大半の国で不平等が広がった」ことを示した。中でも「劇的」に広がったのは米国、ロシア、インドだった。米国は上位10%が手にする所得(納税前)は1980年は34%だったが、足元は46%に上る。欧州やインドの不平等はそれほど広がらなかった。

格差拡大を抑える労働市場

スイスは西洋国家の中で所得格差が最も小さい。世界で最も格差の小さい欧州地域の中においてもだ。

ヘナー氏によると、再分配前の格差が特に小さい。納税後の所得を比べると、スイスと近隣諸国の差は広がる。スイスの再分配機能は小さいが、不平等のスタートラインが低いという。

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ただ州による違いも大きい。上位10%の納税前収入はシュヴィーツ州で47%、ツーク州で46%、ジュネーブ州で43%と、全国平均の34%を大きく上回る。

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ヘナー氏は所得格差が小さい理由として、スイスの健全な経済状態を挙げる。「重要な要因として、柔軟な労働市場がある。スイスの失業率は世界で最も低い水準だ。また(職業訓練と高等教育が並立する)教育のデュアルシステムにより、高等教育を受けなくとも高い収入を得ることが可能だ」

富裕層の貢献

第二次世界大戦が終わった1945年、高所得者上位10%が所得税収の約67%を収めていた。1960年代初頭には70%を超えた。

ヘナー氏は「高度成長を背景に、60年代から80年代にかけてこの割合は著しく低下した」と説明する。全体的に所得が向上したため、納税する世帯が増え、あるいはより高い税率階級に昇格した。

それにより富裕層の納税割合も低下した。2018年は約51%で、40年前からほとんど変化していないという。

スイスでは26州が独自に税率を決めるが、ヘナー氏は州間の税率競争は再分配上の悪影響をもたらしていないとみる。連邦レベルで課される高い累進税率が、シュヴィーツやツーク州などの低い税率を相殺するためだ。これらの州が「低い税率で高所得者を引き付けても、この人たちは非常に高い連邦税を支払っている」。連邦所得税は最低0.77%だが最高で11.5%にまで上昇する。

経済力の強い州から弱い州に税収を再分配する「財政調整制度」の存在も見逃せない。まさにツークとシュヴィーツ州は経済力の強い州として、住民1人当たり前者は2600フラン(約33万7千円)、後者は1300フラン弱(約16万8千円)を他の州に振り向けている。

不平等を広げる資産

「富」には所得と資産の2種類があり、必ずしも所得が高い人が豊かとは言えない。

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富を構成する全要素でみても、スイスは平等な国と言えるのか?その答えを探ったこちらの記事(2019年12月配信)は、スイスの制度が社会的な平等に向かっているとは言い難いとの結論を下した。

例えば、スイスの持ち家率は40%と欧州で最も低い。不動産価格が上がり続けているため、不動産所有者に富が集中していく傾向がある。

一括税制(スイスに居住する外国人超富裕層を対象とした特別税制)や株式売却益への非課税、相続税の低さなども資産格差を広げる要因だ。スイス人の総資産の半分は相続したものであり、分配は非常に偏っている。

WIDによると、スイスの富裕層上位10%は資本の53%を保有し、1995年から約6ポイント増えた。西欧ではアイルランド(66%)に次ぐ割合だ。下位50%の持つ資本は全体の4%にも満たない。

だが富の不平等は世界のほぼ全域で広がっている。直近の世界不平等リポートは「個人資産は一国内で見ても世界全体で見ても不平等な形で増えている」と指摘した。

特に米国では資本の集中が顕著で、上位10%が総資産の7割以上を占有する。1995年から2020年にかけ、この比率は中国で41%から68%に、ロシアで53%から74%に上昇した。スイスの資産の不平等は欧州平均より大きいが、世界的に見るとまだ緩やかだ。

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(独語からの翻訳・ムートゥ朋子)

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