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作物のゲノム編集を巡る論争 ポイント解説

どうしたらより多くの農作物を生産できるのか、各国政府は解決策を模索している Yuriko Nakao/Bloomberg via Getty Images

世界の食料問題は、ますます緊急な課題となっている。気候変動の影響で地球環境が悪化する中、どうしたらより多くの農作物を生産できるのか、各国政府は解決策を模索している。

このコンテンツは 2022/02/08 10:16

その1つに「CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)」のような「ゲノム編集技術」が挙げられるが、使用を巡り意見が激しく対立している。ゲノム編集とは一体どんな技術なのか?論争の焦点はどこにあるのか?

「ゲノム編集」とは?農業での応用分野は?

ゲノム編集は、植物や動物、人間などの生物のDNAを改変する技術だ。従来は何年もかけて植物の品種改良を行ってきたが、近年の技術進歩のおかげで、より短時間に、低コストで、より正確に生物のゲノムを編集できるようになった。

そのツールの1つにCRISPR-Cas9他のサイトへclustered regularly interspaced short palindromic repeats and CRISPR associated protein 9)がある。2012年他のサイトへに発見されたこの技術を使うと、ハサミのようにDNAを特定の位置で切断し、極めて正確に植物の性質を変えられる。野菜や果物の色や大きさ、栄養価、病気や農薬に対する抵抗力など、あらゆる形質に手を加えられる。

ゲノム編集の技術には、他にもZFN(ジンクフィンガーヌクレアーゼ)やTALEN(転写活性化因子様エフェクターヌクレアーゼ)などがある。

CRISPR-Cas9などのツールでゲノム編集を行った植物の分類・表示方法に関し、各国では既に議論が行われている。欧州連合(EU)では、生物の遺伝物質を改変する技術のうち01年以降に登場、または主に開発されたものを「新ゲノム技術他のサイトへ」と呼んでいる。

ゲノム編集と遺伝子組換えの違いは?

従来の育種では、作物の性質を改善するためにある品種を特定し、選択を繰り返しながら何世代にもわたって「交配」を重ねてきた。この方法は次第に進化し、今ではデータやゲノム解読を駆使してより効率的に品種改良できるようになった。

CRISPR-Cas9を使ったゲノム編集の応用分野は広い。例えば野生のジャガイモと栽培用のジャガイモのように、同じ種から取ったDNAを組み込むことができる。

一方で、植物のゲノムに昆虫などの異なる種のDNAを組み込むこともできるが、これは一般的に遺伝子組換えと呼ばれる。

ゲノム編集は既存の遺伝子の範囲で改編を行うものだが、遺伝子組換えは既存の遺伝子に別の遺伝子を付け加え、自然界では誕生することのない生物を生み出す。また、ゲノム編集はピンポイントで特定の部分を切断し、情報を書き換えることができるが、遺伝子組み換えにはできない。

遺伝子組み換え技術を使って開発された作物や生物は、遺伝子組換え生物(GMO)と呼ばれる。欧州議会・理事会指令他のサイトへでは、GMOを「自然な交配や自然な組換えではない方法によって作り変えられた遺伝子物質を含む生物」と定義している。だが1990年代に開発されたGMOは、新しいゲノム編集ツールとは異なり、精度の低い方法が使われていた。

なぜ農業におけるゲノム編集が物議を醸しているのか?

主な争点は、ゲノム編集技術が人類の健康と環境の両方にもたらす潜在的な利益とリスクだ。

大手種苗会社などゲノム編集推進派は、この技術は自然界でも(突然変異などで)発生したり、従来の育種法で既に実施したりしているプロセスを加速しただけで、リスクは最小限だと主張する。またCRISPR-Cas9のようなツールは、初期の遺伝子操作技術よりもはるかに正確で、有用な遺伝子が改編中に破壊されるリスクは少ないという。

一方で、ゲノム編集は植物のゲノムに変化をもたらし、生物多様性や水と土壌、人類の健康、有機農作物の生産に悪影響を及ぼすという批判も出ている。このような作物が天然の種を追いやり、広範な単一栽培を生んだ結果、生態系に壊滅的な打撃を与えると危惧する人もいる。この技術に伴うリスクはまだ十分に理解されていないと主張する人は多い。

また、この技術をいつどこで使うべきか、誰が種子にアクセスできるのか、という倫理的・社会的な問題もある。

ゲノム編集された種子や食品に関する規制の現状

現在、ゲノム編集をとりまく規制は急速に変わりつつある他のサイトへ。技術の発展や気候変動への懸念に伴い、多くの国が遺伝子工学に関する従来の路線を変更し始めている。規制は安全性審査の内容や、遺伝子組み換え製品の表記方法などに影響する。

米国とカナダは、該当する遺伝子改変が従来の方法でも可能な場合はゲノム編集を規制しないと決定した。これはゲノム編集された植物が、遺伝子組み換えの安全規制や表示義務の対象にならないことを意味する。英国他のサイトへも昨年、同様の立場をとった。ブラジルやアルゼンチンなど一部の国では、別のDNAを含まない限り、ゲノム編集を従来の植物と同様に扱っている。

日本では、ゲノム編集作物の登録が義務付けられているが、安全性審査や環境試験を受ける必要はない。厚生労働省は2020年12月、ゲノム編集トマト他のサイトへの流通にゴーサインを出した。

中国はこれまで、GMOの輸入や生産を厳しく規制してきた。しかし中国政府は最近、種子産業の変革と食料の安全性向上を目指した規制改革を発表。これによりGMOの承認を拡大する道が開かれた。また今年1月には、これまでGMOに必要だった長期間の野外試験も、ゲノム編集植物は免除するという新ルールを打ち出した。中国政府はこの技術に多額の投資を行っているが、ゲノム編集された植物はまだ商品化されていない。

同じくゲノム編集技術に多額の投資を行うロシアは、別のDNAを組み込んでいないゲノム編集植物であれば、GMOの栽培を禁じる16年制定の法律から除外する可能性を示唆した。ロシア政府はまた、遺伝子編集した動植物を今後10年間で30種類開発するという17億ドル(約1960億円)のプロジェクト他のサイトへを19年に立ち上げている。

スイスはこれまで、GMOを01年以降GMO指令他のサイトへの下で管理するEUに従ってきた。ゲノム編集には使用の安全性を示す実績がないとする18年の欧州司法裁判所の判決は、この指令を根拠としている。しかし欧州委員会はゲノム編集に対して好意的な姿勢を示し始めており、昨年4月に発表した研究他のサイトへでは、規制をゲノム技術の進歩を反映したものに改めるべきだとの提案を出した。

またスイス上院他のサイトへは12月にゲノム編集された植物を遺伝子組み換え禁止の対象から外すと決定した。だが一部の政治家からは、最終決定の前に安全性の根拠を更に示すべきだとの声が上がっている。

ゲノム編集された食品は既に流通している?

現在、市場に流通しているゲノム編集作物はほんの一握りだ。米国では、脂肪酸の構成がより健康的な大豆他のサイトへ(TALENで開発)が、商品化されたゲノム編集食品の第1号となった。日本では、機能性成分GABA(γ-アミノ酪酸、ギャバ)を5倍に強化したトマト他のサイトへ(CRISPRで開発)の一般販売が昨年9月に開始した。

この他にも、変色しにくいマッシュルームや、種無しトマト、除草剤耐性のあるセイヨウアブラナ、でんぷん質の多いジャガイモ、真菌やウイルスに強いカカオ豆、長期間保存できる甘いイチゴなど、多数の野菜や果物の研究が進められている。

(英語からの翻訳・シュミット一恵)

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