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氷河が解けるとどうなる?

重点的な監視が行われるスイスの「危険な」氷河

ヴァレー州のトリフト氷河 Keystone / Dominic Steinmann

スイスに氷河は数多くあるが、そのうち60カ所はアルプスの村や道路、鉄道の安全を脅かす可能性が高い。世界で最も古く、最も発達した監視ネットワークを誇るスイスでも、今月3日にイタリア北部のドロミテ山塊で起きたマルモラーダ氷河の崩壊のような災害を予測するのは不可能に近い。

このコンテンツは 2022/07/21 09:00

ローザンヌ大学のクリストフ・ランビエル教授(地形学)は1年ほど前から氷河に2つの穴を空けて検出器を挿入し、氷河の温度を測定している。最近ヴァレー(ヴァリス)州にあるモワリー氷河のふもとで水が循環しているのを発見し、驚きと同時に不安が頭をよぎったという。

氷河の内部やふもとの温度はマイナスだ。ところが先月5日、わずか数時間で温度が0度まで上昇した。「こうなると氷河崩落の危険性が出る」と同氏は警鐘を鳴らす。

この急激な温度上昇の原因は、氷河と岩石が文字通り「貼り付いて」いる場所まで雪解け水が侵入してきたためだ。ここに水が染み込むと、氷河は支えを失い崩壊する危険性が高まる。「イタリアのマルモラーダ氷河で同じことが起きた可能性は否定できない」と同氏は言う。

11人の命が奪われた伊ドロミテの惨事は、はっきりとした原因がまだ明らかになっていない。ただ地球温暖化の影響で、氷河の融解速度が加速していることだけは確かだ。氷河が崩落したり、氷河の下層にある湖の決壊で洪水が起きたりする現象は、今後ますます増えることが予想される。

今年前半、スイスの山岳地帯では異常気象が続いていた。冬の降雪量が少なかった上、春の降水量も少なく、6月頃からは早くも猛暑が襲った。「通常であれば夏のピークを過ぎた9月初頭に見られる状況が、既に今月初頭に観測された」とランビエル氏は話す。

標高2825メートルの山小屋からヴァレー州のモワリ―氷河を眺めるハイカーたち © Keystone / Anthony Anex

アルプスの村や道路、鉄道に迫る危険性

スイスには約1400の氷河が存在する。そのうち60カ所はリスクの高い氷河として目録に掲載他のサイトへされている。この目録は自然災害のリスクマネジメントを行う企業、ジオフォルマーが毎年更新する。エンジニアのイングリット・ゼン氏は、「近年、リスク大とされる氷河の登録数が減ったが、それは危険性が低くなったからではなく、単に小規模の氷河が消滅しただけの話だ」とswissinfo.chに語る。

下方の谷に位置する村や道路、鉄道に対して脅威を与える場合、氷河は「危険」とみなされる。スイスの氷河の大半は、最高峰の山々が連なるヴァレー州にある。これらの氷河にはツェルマットに続く渓谷に位置するヴァイスホルンの氷河や、グルーベン氷河、トリフト氷河、アラリン氷河なども含まれる。アラリン氷河では1965年、氷と土砂がマットマークダムの建設現場になだれ込む事故が発生した。イタリア人労働者56人を含む死者88人を出した戦後スイスで最大の災害の1つだ。

ヴァレー州自然災害対策局のパスカル・シュテーベナー氏は、氷河がもたらすリスクは、「氷塊が落下して冬には雪崩を起こしたり、氷河の後退で岩石が崩落したり、氷河湖が突然決壊したり」、と多岐にわたると説明する。氷河湖は氷や雪が溶けてできた湖で、氷河の上部や中心、又は下層部に水が溜まって形成される。決壊して湖の水が突然放出されると、洪水や土石流を引き起こす危険性がある。

▼観測ビデオ

危険な前兆を察知する

スイスの氷河モニタリングネットワーク(GLAMOS)は、世界で最も古く、優れたシステムだ。ローヌ氷河の最初の測定は1874年にさかのぼる。現在アルプス山脈にある176の氷河の長期的な変化を監視・記録し、主に氷河の面積、長さ、質量収支(氷や雪の蓄積量と溶けて失われる質量の差)の測定を行う。

これらの定期的なモニタリングに加え、リスクの高い氷河は更に重点的な監視も行っている。州当局の協力の下、年に1度氷河を視察し、氷河崩壊の度合いや新しい湖の形成の有無を観察したり、毎日10分ごとに測定・監視したりしている氷河もある。

GLAMOS運営委員会の一員を務める連邦工科大学チューリヒ校の氷河学者、ダニエル・ファリノッティ氏は、「観測の目的は、氷塊の落下や氷河湖の決壊を示す前兆を確実に捉えることだ」と言う。

ヘリコプターによる上空からの調査や、現地での観測に加え、高解像度カメラやレーダー、音響センサー、氷の振動探知機、更には衛星画像といった最新技術を駆使し、わずかな動きも記録する。

警報が出ると、信号機は自動的に赤に切り替わり、交通を遮断して道路や鉄道が封鎖される。必要に応じ、住民への避難命令が出る。

ヴァレー州当局は2017年9月、標高1559メートルに位置するサース・グルント村の一部に避難命令を出した。14年から継続的に監視していたトリフト氷河の不安定な部分が、1日に2メートル以上という異常な速さで動いたためだ。「幸い谷には到達しなかったが、避難の数時間後、実際に氷雪崩が発生した」とシュテーベナー氏は振り返る。

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寒冷氷河と温帯氷河

だが全ての変化を監視し、悲劇を回避するのは不可能だ。氷河の内側に形成された湖は観測できない上、氷河の種類によっては実際に何が起きているのか把握が難しいものもある。

温度が氷点下の「寒冷氷河」は、測定から氷の割れを検知し、崩壊を予測できる。だが「温帯氷河」は、こういった予測が難しい。温度が融点に近い上、岩に「貼り付いて」固定されているわけでもなく、絶えず動きがあるため、「加速が確認されても、必ずしも崩壊するわけではない。動きが観測されるたびに警報を出せば、誤警報が多発してしまう」とファリノッティ氏は説明する。

また、寒冷・温帯の両方を持つ氷河もある。「雪崩の前兆と言い切れる指標がないため、最も複雑なパターンだ。私が映像を見る限りでは、マルモラーダ氷河がそういうケースだった可能性がある」(ファリノッティ氏)

自然災害の専門家らは、山には常にリスクが伴うと口を揃える。「インフラストラクチャーや村に危険を及ぼす氷河は監視しているが、登山ルートまでは把握していない」とシュテーベナー氏。「山へ行く人は、自己責任であることを肝に銘じて欲しい」と強調した。

英語からの翻訳:シュミット一恵

JTI基準に準拠

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