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欧州のサステナブル規制に身構えるカカオ豆生産国

Montage: swissinfo.ch / Helen James

森林破壊をなくすため、欧州連合(EU)やスイスは持続可能性をめぐる規制を強化する方向に動いている。実現すれば、西アフリカのカカオは欧州市場から締め出される可能性がある。ガーナで開発されたカカオ農家のデータベースは、その流れを変えられるだろうか? 

このコンテンツは 2022/08/02 08:30
Anand Chandrasekhar、ガーナのDelali Adogla-Bessaと共同執筆

swissinfo.chシリーズ「アフリカから見るカカオ」

中南米が原産のカカオ豆が西アフリカで初めて栽培されたのは、1868年にまでさかのぼる。キュー王立植物園の記録には、当時、旧英領植民地だったゴールド・コースト(黄金海岸)のアクロポンにあるバーゼル宣教会(本拠地スイス)の敷地に数本のカカオの木が植えてあったと記されている。今日、西アフリカのコートジボワールとガーナは世界のカカオ豆の6割以上を生産し、スイスはチョコレートの代名詞となった。

だが近年、この蜜月の関係に不和が生じている。1200億ドル(約16兆円)規模のチョコレート産業のうち、わずか60億ドルという収入にコートジボワールとガーナが不満を示し始めた一方で、スイスや欧州連合(EU)、米国は、西アフリカのカカオ産地で横行する森林破壊や児童労働を問題視するようになった。自らの利益のために互いに圧力を掛け合うが、企業サイドの方がカカオ生産者よりも断然有利だ。スイスのチョコレート製造企業ネスレ(製菓のみ)、リンツ・アンド・シュプルングリ、バリーカレボー3社の収益の合計(21年)は、コートジボワールとガーナのカカオ豆輸出総額(20年)の3倍以上に上る。これら大企業は、主要な利害関係者として将来のカカオ生産のあり方にも大きな影響を及ぼしている。

今シリーズでは、西アフリカがチョコレート産業における役割をどのように再構築していくかを6回にわたり紹介する。相互協力や付加価値の創造、そしてデジタル化や持続可能性への投資に至るまで、険しくも避けられぬ道――世界のカカオ価格に振り回されず、この地域に生きる500万人のカカオ農家の生活を保証するための戦いだ。

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カカオ豆の輸出業者に残された選択肢は2つ。欧州の新規制に従うか、サプライチェーンから外されるかだ。2021年11月、欧州委員会は森林破壊ゼロに向けたサプライチェーンに関する規制案を提起他のサイトへし、カカオ豆は牛肉、パーム油、大豆、コーヒーと共に規制強化の対象となる世界5品目の1つ選ばれた。報告書によると、EUによる世界の森林破壊の7.5%はカカオ豆の栽培に起因する。

森林破壊につながるカカオ製品をEU市場から完全に締め出すというオプションも検討中だが、そうした厳格化はガーナやコートジボワールなど「特定の国の経済に不可欠なセクターに大きな影響」を与え、「二国間の連携の強化」が必要なことも認めている。同規制案はEU理事会と欧州議会で合意・採択される必要があり、法制化まで最長3年かかる。

スイスは17年、輸入カカオの8割を25年までに持続可能な供給源から調達するという目標を掲げた(20年のシェアは74%)が、法的な拘束力はない。達成の方法は2つ。スイス企業が自ら運営する持続可能性プログラムで検証した製品を購入するか、国際フェアトレード認証ラベルなどで認証済みのカカオ製品の直接買い取るか、だ。EU規制と同様、これらの措置もカカオ生産国の農家に影響を与える。

こういった流れにカカオ生産者は不満を募らせていた。昨年2月に開催されたEU・アフリカ首脳会議の最終日、ガーナとコートジボワールの大統領は共同声明他のサイトへで、「多くの小規模農家に与える経済的な打撃を考慮しないまま森林破壊防止の規制案を採択すれば、両国でカカオ農家の貧困が拡大する恐れがある」と警告した。

緑のない乾燥した土地で枯れ木を集めるガーナの人々 Eye Ubiquitous / Alamy Stock Photo

ガーナでの実験

一方、カカオ生産国も、EU規制というギロチンが振り下ろされるのを手をこまねいて見ていたわけではない。2020年11月にスイスの食品大手ネスレが森林破壊に関与する農家をサプライチェーンから排除すると決定したわずか数カ月後、ガーナ政府のカカオ評議会、ココボード(COCOBOD)は、全国規模のカカオ管理システム(CMS)を構築するプロジェクトを発表した。カカオセクターの透明性改善に向け、ガーナのカカオ農家の農園の場所、世帯構成、農園の規模といった情報を包括的に取得し、デジタル化したデータベースとして管理するのが目的だ。これには森林破壊のリスク特定に必要なデータも含まれる。

現在、ガーナ産のカカオ豆は栽培地域までしか追跡できず、生産した農園までは特定できない。透明性が徹底していないため、ネスレなどの民間企業は独自のトレーサビリティーシステムに投資している。このように流通をさかのぼって追跡可能にするデータベースを政府機関が自国の商品のために開発するのは初めてのことだ。

21年10月23日のシステム導入式に際し、ガーナのマハムドゥ・バウミア副大統領は、「カカオ栽培地域に必要なあらゆるプログラム、政策介入、計画、予測、インフラストラクチャー・プロジェクトは、初めて検証データに基づいて動き出す」とし、「私たちの目標は、今後2年間でガーナをアフリカで最もデジタル化された経済にすることだ」と述べた。

タフォ地区にあるココア・ヘルス・エクステンション部門への標識。ココボードが管轄する Akosua Viktoria Adu-sanyah

ココボードはカカオ農家150万戸をCMSに登録する予定だ。プロジェクトのコストは1千万ドル強(約13億円)を見込む。資金は、ガーナが19年に開発金融機関や民間金融機関と締結した生産性強化に対する融資6億ドルの第2区分に当たる2億ドルから調達する。投資銀行には、アフリカ開発銀行、国際協力機構、南部アフリカ開発銀行、クレディ・スイス、イタリアの預金・信託銀行のカーサ・デポジティ・エ・プレスティティ、中国工商銀行などが名を連ねる。

ココボードも関連決済全般にこのデータベースを使用するため、長期的には投資を回収できる見込みだ。登録農家に発行されるカカオ認証カードは、肥料などの資材を購入するクレジットカードとしても使える。また、農家はCMSを通してカカオ豆の報酬を受け取るため、現金支払いに伴う汚職や盗難のリスクも軽減できる。

CMSは農家にとっても重要なツールだ。特に森林の境界地域にある農家は、自分の農園のカカオが国際的なサプライチェーンから排除された場合、異議を唱える手段になる。既にネスレも、農園を森林区域に分類されたと訴える農家が出てくるだろうと発言していた。だが実際にCMSが動き出すまでは、その主張を証明する手段がない。

ただでさえ生活が苦しい農民たちは、森林伐採の濡れ衣を晴らす余力もない。9児の父、キー・バフォーさん(54歳)もそんな1人だ。1980年代初頭にカカオ栽培を始め、今ではニュー・エドゥビアス地区のアタアセ・アクワンタ村の農民長に上り詰めた。

バフォーさんの農地は25エーカー(約10ヘクタール)。カカオ豆の収穫量は、豊作の年でも1エーカー当たり約15袋で、年収7千セディ(約11万円)に相当する。これでは不十分だとバフォーさんは言う。「1年中、汗水流して働いて、わずか7千セディの収入では全く足りない。これでは赤字と同じだ」。そして不作の年の収入は計算する気にもならず、「その稼ぎでは、本当に何もできない」と嘆く。

年金制度の実現なるか

バフォーさんは、CMSについて政府はコミュニケーション不足だと指摘する。現在はまだカカオ認証カードを持たず、自分の地域の農家が登録されるのを待っているが、これではCMS発足前と何も変わらないと不満を募らせる。

「導入式以来、政府はこの新制度について多くを語らなくなった。確かに、自分たちもあまり深く追求しなかったが」と言う。

バフォーさんのような農民の支持を獲得し、CMSへの登録を促すために、ココボードは年金支給をCMSのデータベースにリンクさせるよう提案した。1984年の法制化にもかかわらず、ガーナのカカオ農家の大半は年金が見込めない。これは「インフォーマル経済」と呼ばれる無許可で社会保護の及ばない経済活動の大部分も同じだ。

そのため、CMSをカカオ農家の年金とリンクさせる実証事業は、国にとって大きな意味を持つ。20年12月1日、カカオ産地のアシャンティ州のクマシで行われたキックオフイベントには、ナナ・アクフォ・アド大統領自らが姿を現した。

2期目を目指していた同大統領にとって、この日は総選挙まであと6日というタイミングだった。世界第2位のカカオ生産国・ガーナ(19年の世界生産量480万トンの17%)という地位にそぐわない社会福祉しか提供されないカカオ農家の支持集めと見る向きもあった。

実証事業では、農家がココボードにカカオ豆を販売する度に、最低5%の控除額が特別基金に支払われる。入金後、農家の携帯電話にはプッシュ通知が送られる。また、政府は販売したカカオの金額の1%を農民の口座に入金する。そのうち75%は退職金口座に割り振られ、農民が退職して初めて利用可能になる。残りは必要に応じて利用できる貯蓄口座に割り振られる。

ココボードの最高責任者ジョセフ・ボアヘン・エイドゥ氏は、CMSで農家への迅速な支払いも可能になると述べた。

ココボードが管理するオヨコの大規模カカオ・種子生産農場の航空写真。カカオの雄木と雌木は別々に植えられ、生産性を高めるために手作業で受粉する Akosua Viktoria Adu-Sanyah

遅々として進まない導入

ガーナ南部のアシャンティ州で最大のカカオの生産量を誇るニュー・エドゥビアス地区では、昨年ついにCMSと年金制度の試験運用が始まった。昨年末までには全国レベルに移行する予定だった。

だがこの年金制度が今年中に始動するという当初の約束に対し、ガーナのカカオ農家は懐疑的だ。農家の大半は小規模農家で、1日の稼ぎは約1ドル。21/22年のカカオ収穫シーズンに向け982万フラン(約14億円)が割り当てられているにもかかわらず、だ。

ココボードの広報部長フィーフィ・ボアフォ氏は、CMSと年金制度の導入の遅れを認め、とりわけ40年近くも遅れている年金制度に関し、「確かに体制が全く整っていなかった。また、それを機能させようという政府の意欲も欠けていた」と述べた。だが今年末までには年金制度を確実に導入できると主張する。

CMSへの登録も進んでいるという。同氏によると、ガーナのカカオ農家(推定150万戸)のうち、9割以上がCMSの登録手続きを開始した。

ガーナのカカオ生産における児童労働に反対する看板。首都アクラ近郊にて Jbdodane / Alamy Stock Photo

チョコレート業界への影響

外部の利害関係者も懐疑的だ。スイス経済省経済管轄庁(SECO)を通じて政府が共同出資する非政府組織(NGO)「持続可能なカカオのためのスイスプラットフォーム他のサイトへ」の最高経営責任者(CEO)クリスチャン・ロビン氏は、「国家的なトレーサビリティーシステムは(森林破壊や児童労働の管理向上に)価値があるが、ハードルも高い。ココボードが運営機関である点も含め、実施にはまだ多くの疑問が残る」と現状を総括した。

既に独自のカカオデータベース開発に多額の投資を行ってきたスイスのチョコレート企業は、CMSに飛びつく前に、まずは導入状況を見守っている。swissinfo.chの取材に対し、いずれの企業もCMSのコンセプトにはおおむね賛同するが、実際にサプライチェーンの追跡に利用するかは意見が分かれた。ネスレはこの質問への回答を控え、バリーカレボーは「カカオ豆の基本的なトレーサビリティー」にCMSを利用する可能性があるとし、リンツ・アンド・シュプルングリは、ガーナ政府がCMSを義務化する場合「このソリューションに基づいて物事を進める」と述べた。

チョコレート企業がCMSと連携する方法を模索すべく、ココボードと企業、そして世界ココア財団(WCF)で構成される特別タスクフォースが20年に立ち上げられた。

ココボード職員のマイケル・エコー・アモア氏は、チョコレート企業の不信感を取り除くため、数回にわたりタスクフォースでCMS運用に関するプレゼンテーションを行った。同氏によれば、企業が自社のトレーサビリティーシステムを保持(サプライチェーンの機密を外部から保護)するのは問題ないが、そのデータソースはCMSでなければならい。CMSはまた、力関係を少しだけ農家に有利に傾けられると主張する。「民間企業のトレーサビリティーシステムは利益を最優先している。誰に売るかという選択権を農家に与えるべきだ。透明性のために特定の企業に縛られるべきではない」

同氏はまた、企業の力だけでカカオ生産地における森林伐採を完全に防ぐのは無理だと言う。取引がある地域の森林破壊は防げても、単に隣接する地域に問題がシフトするだけだ。「EUの規制案が要求する内容は、国を網羅するデータベースなしには実現不可能だ」(アモア氏)

CMSの利用・不使用にかかわらず、欧州のカカオ輸入業者はその代金を支払うことになりそうだ。ココボードは、カカオの販売1トンにつきトレーサビリティ料を徴収する方針だ(カカオ1トン当たり400ドルが市場価格に上乗せされる制度「所得適正化のための補償」と同様。カカオ農家が相応の報酬を得られるよう20年に導入された)。具体的な手数料は未定だが、アモア氏によると、来年末にはシステムが完全に稼働する予定だ。

英語からの翻訳:シュミット一恵

JTI基準に準拠

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