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有機栽培100%は無謀な目標なのか

世界の農地に占める有機栽培の割合は1.5%。1割以上を誇る国も16カ国ある Keystone / Z1003/_jens Büttner

農薬が環境や人体に与える悪影響への懸念が強まるなか、有機農業は環境に優しく、持続可能なソリューションとの認識が一般的だ。だがスリランカやスイスの例を見ると、現実はもっと複雑なようだ。

このコンテンツは 2022/09/01 08:30

この記事は2022年4月7日に配信され、7月に更新されました。

2019年12月、選挙に勝利したスリランカのゴタバヤ・ラジャパクサ大統領(当時)は、壮大な国家戦略「繁栄と輝きの展望」を正式に発表した。

10年間で「有機農業の普及と推進」に努め、「肥料革命」を起こすという野心的な公約を掲げた大統領は、スリランカの農業を全て有機農業に移行するに当たり、無償で有機肥料と化学肥料の両方を提供すると約束した。

だが21年4月、化学肥料と農薬・除草剤などの農薬の輸入を翌月から禁止すると突如発表し、国民を驚かせた。化学農薬の過剰使用が原因で生じる医療費を抑えるためと表向きには主張しているが、実際は輸入品の支払いに必要な外貨不足が原因だとアナリストらは推測する。大統領就任から数カ月後、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的大流行が発生し、観光業は大打撃を受けた。海外労働者からの送金もなくなり、国は輸入品の支払いに困窮していた。スリランカ中央銀行の統計によると、外国産肥料の輸入額は2億5900万ドル(約354億円)と、輸入総額の約1.6%を占める(2020年)。

田植えシーズンの始まりと共に発表された輸入禁止に、スリランカの農村地帯には衝撃が走った。何千人もの農民が街頭に出て移行期間が不十分で、自ら有機肥料を作らなければならなくなると抗議した。

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輸入禁止がスリランカの主要農作物に大打撃を与えるリスクは大きかった。シンクタンク「ベリテ・リサーチ(Verité Research)」が21年7月に千人以上の農家を対象に行った調査によると、米農家の約94%、茶・ゴム農園の89%が化学肥料に頼っている。

農業界の反発や食料品の高騰を懸念する声を受け、発令からわずか7カ月後の11月、政府は禁止令の撤回を余儀なくされた。だが大統領は「今後も有機肥料だけを使う環境に優しい農業を目指す」と宣言し、「化学肥料マフィア」や農民の教育不足、そして役立たずな役人のせいでこのような事態に陥ったと弁解した。

悪い評判

まだ輸入化学肥料の在庫を使っていた農家も多いため、短期間で終わったこの禁止措置が生産性に与えた影響を完全に定量化するのは難しいが、21年5月~8月の米の平均収穫量は、前年同期の1ヘクタール当たり4552キログラムから4307キログラムに減少している。在庫を長持ちさせるために農家が肥料を減らした結果との分析もある。

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当初は農民の支持を得ていたラジャパクサ大統領の「有機農業推進」政策は、こうして悲惨な結果に終わった。態勢不備や移行期間の不足が主な理由だった。ベリテ・リサーチの調査によると、アンケートに答えた農民の約3分の2が政府の有機農業政策を支持していたが、そのうち8割は移行期間に1年以上必要だと考えていた。

ベルン応用科学大学のクリストフ・シュトゥーダー教授(農学者)は、「今、スリランカの農家では有機農業の評判が落ちている。そのためスリランカの政府関係者は『有機農業』という言葉を使わず、『環境に優しい』と表現するようになった」と言う。

そして一夜にして有機農法に移行するという決定はあまりに詰めが甘く、準備不足のために農家は迅速に適応できなかったと指摘する。同氏はスリランカの肥料業界で最大手のスイス企業バウアーズのコンサルタントも務める。今から125年前にスイスから移住したアルフレッド・バウアーが設立し、ココナッツ農園に肥料を供給していた同企業は、現在、新しい農業政策に対応すべく、有機肥料生産への切り替えに取り組んでいる。

「小国スリランカは、国民を十分に養うだけの農地がないという認識のもと、過去60年間は農業生産性の向上に焦点を当ててきた。その結果、農家が有機農業に切り替えたくても、ノウハウを教える研究機関やシステムがないのが現状だ」(シュトゥーダー氏)

様々な民間・公共団体がコンポストの生産を始めたが、高品質のコンポストを得るには相応の専門知識が必要だ Christoph Studer

先駆的な取り組み 

有機農業は世界各国で推進されている。欧州連合(EU)は20年5月にまとめた農業戦略の中で、化学肥料の2割削減と、農地の25%以上を有機農業に確保するという目標を掲げた。だが国内農業を100%有機農業に切り替える方針を正式に掲げる国はごくわずかである上、完全移行に成功した国はない。南アジアの小国ブータンは08年、20年までに完全に有機農業に移行すると公約したものの、期限までにオーガニックと認証されたのは作物の1割と農地の1%だけだった。結局、目標達成の期限は35年まで延期された。

これまでの成果もあまり芳しくない。18年に独ベルリンのフンボルト大学が行った調査によると、ブータンにおける有機農家の収穫量は、従来型と比べて平均24%少ない。また国連食糧農業機関(FAO)のデータは、同国が今も非オーガニック食品の輸入に大きく依存する現状を示している(17年は輸入金額の16%)。

ゴールに最も近いのは、16年に100%有機を達成したと主張するインド北東部のシッキム州だ。同州では州首相が03年に同ビジョンを発表し、10年にはその実現に向けた専門部隊を立ち上げた。また18年4月、安価な非オーガニック輸入品から農家を守るため、主食のコメやジャガイモを除く農産物27品目のインド他州からの流通を禁止した。

シッキム州はスパイスのカルダモンで世界第2位の生産量を誇る。州政府の食料農業部門のデータでは、有機農業への切り替え後も、主食の収穫量は大幅には低下していない。

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連邦統計局(BFS/OFS)によると、スイスでは既に農家の15%が有機農法を導入し、化学合成農薬も使っていない。だがさらなる有機化を進めることには農業セクターは消極的だ。

昨年、化学農薬の禁止を求めた2件のイニシアチブ(国民発議)が物議を醸した。農薬を使用する農家への補助金を廃止する「飲料水イニシアチブ」と、化学農薬の全面的な禁止を求める「化学農薬禁止イニシアチブ」だ。スイス独自の直接民主制に基づき国民投票にかけられた結果、いずれも反対票6割で否決された。可決されていれば、スイスは欧州で初めて合成除草剤や殺菌剤などを禁止する有機農業のパイオニアになるところだった。

「革命」ではなく「進化」

反農薬運動を推進したヌーシャテル大学の土壌生物学者、エドワード・ミッチェル氏は、イニシアチブ支持者は農民の抵抗を過小評価しており、もっと農民を味方につけるべきだったと反省する。反対派の主流を占めた農業関係者はスイス人口のわずか5%だが、スイス農家組合は、農薬が禁止されれば収穫量が2~4割減少すると声高に訴えていた。 

2021年、「化学農薬禁止イニシアチブ」に反対するようスイス有権者に訴える看板 Keystone / Urs Flueeler

また、スイス政府も両方のイニシアチブに異議を唱えた。ギー・パルムラン経済大臣は当時、イニシアチブは「革命」に近く、議会はむしろ持続可能な農業への「進化」を望むと述べた。

スリランカのような農薬禁止令は、スイスではありえないとミッチェル氏は言う。「スリランカは稀なケースだ。通常、政府と業界の結びつきは強い。政治的、哲学的な理由だけでなく、ロビーや特別な利害関係者の影響力も大きいため、スイス政府が同様の決断を下すとは考えにくい」

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同氏はまた、農薬業界は反対派の支援に相当な額を費やしたと主張する。スイスの市場は独、仏、伊と比べてはるかに小規模だが、農薬には高額を支払っている。19年の政府の調査では、肥料の販売価格は近隣諸国より2割高く、除草剤は63%、殺虫剤は68%上乗せされていた。

収穫量の問題 

農家や農薬業界からの強い風当たりに加え、収穫量の低下という問題も有機農業が直面する課題だ。

スイス有機農業研究所(FiBL)のアドリアン・ミュラー氏によると、有機農業の平均収穫量は従来型の農業より約2割低い。この差は、根菜類、塊茎類、穀物類では2割以上、果物、油糧種子、豆類、野菜類はそれ以下となっている。

だが同氏や農学者のシュトゥーダー氏などの専門家らは、アグロエコロジー(農業生態学)の実践や、有機農業でも収穫量の多い品種の開発、そして農家の研修や特典などでこの問題に対処できると考える。

栽培作物の多様性に富む小規模農業は、生態系と調和を保ちながら作物を育てる農業への移行により適している Christoph Studer

現在、有機農家は従来型の農業に開発された品種を栽培しなければならないため、収穫量でハンデがあるとミュラー氏は指摘する。

また、国は農家への働きかけや研修プログラムを充実させる必要があり、適切な補助金の提供や、有機肥料の十分な調達、そして有機農業でも収穫量の多い品種開発への投資も重要だと言う。これらの初期投資は、長期的なメリットに十分見合う価値がある。

「従来型の農業で生産された食品があれだけ安いのは、環境負荷という高い代償を払っているからだ。だがその代償は消費者が店のレジで支払うのではなく、社会全体が負担している」(ミュラー氏)

シュトゥーダー氏は、有機農業への移行は段階的に行う必要があり、最初のステップはアグロエコロジーに基づくより持続可能な農業に移行することだと指摘する。例えば堆肥の使用を増やし、輪作や、空気中の窒素を地中に固定して栄養にするマメ科植物を使った間作などで土が痩せるのを防ぐ方法がある。

スリランカのゴム農園では、窒素を固定するマメ科植物の栽培が広く普及した Christoph Studer

このプロセスは何年もかかるが、既にこれらの方法の幾つか実践し始めたスリランカにとって、これが進むべき道だと同氏は言う。

シュトゥーダー氏の同僚のガービル・シン氏は、「従来型の農業でさえ、スリランカに浸透するまで何十年もかかった。有機農業はより多くの課題を抱え、より多くの知識を必要とする。主流になるには、更に長い時間が必要だ」と指摘する。

持続可能な農業

持続可能な農業や有機農業へ移行する動きを受け、毒性の低い、より環境に優しい農薬や肥料の開発が農薬業界に求められている。スイスの農薬大手シンジェンタといった企業も、合成化学薬品の代わりに天然化合物を使用した薬剤や、微生物をベースにした「生物農薬」の開発に取り組んでいる。

同社のサステナビリティ事業の責任者ペトラ・ラウクス氏は、「全ての農家が、いずれの方法を使うにせよ、サステナブルであることを望む」と述べた。

シンジェンタは、試験による製品の安全性向上や、特定の害虫を狙った薬の開発などを通じ、農薬が人体や環境に与える負荷の低減に取り組んでいるという。また、研修や農薬精密散布を可能にするデジタルツールを通じて、より良い農業の実践を推進している。

有機農業用に開発された同社の製品には、真菌や細菌の病気、害虫、線虫、雑草の防除に用いられるバイオコントロール剤や、栄養吸収効率や植物の品質、極端な温度への耐性を高めるために植物、種子、根に用いるバイオスティミュラントがある。また最新の技術革新には、養分の溶出を抑えることで肥料の使用を減らす製品がある。現在、中国で試験が行われている。

ラウクス氏によると、天然物質を使った有効な解決策が少ないため、この事業はシンジェンタの総売上高(20年)の0.5%未満の弱小部門だ。だが農家がメリットを実感し、製品が市場で受け入れられるようになれば、ビジネスを拡大する可能性はあるとした。

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シンジェンタの元職員シャチ・グルマユム氏は、農家がリスク回避に走りがちなことを踏まえると、持続可能で収益性の高い農業の方が有機農業よりも受け入れられる可能性が高いと言う。同氏は現在、生物学的殺虫剤を販売する豪企業AgBiTechの米テキサス支社の事業開発部門を担当する。

「これまでの農法は農業に変革をもたらし、食糧安全保障を実現した。今問われているのは、どうやって生産性を維持しながら安全な農産物を作るモデルへと移行するかだ」と同氏は語る。

有機農業へ完全移行は不可能とは言わないまでも、その実現には肥沃な土壌や地下水の水質、生物多様性、花粉媒介者など、農業以外の分野への投資が伴う。また消費者にも、高いオーガニック食品にお金を出す以上の決意が消費者にも求められる。

「有機農業で世界を養うことは夢ではないが、肉の消費やフードロスを減らすなど、まず私たちの生活習慣を変える必要がある」(シュトゥーダー氏)

英語からの翻訳:シュミット一恵

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