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千の横顔を持つ「中立」

© Keystone / Alessandro Della Valle

スイスは「中立」の新たな解釈を模索中だ。この記事では国際比較により中立の持つさまざまな横顔を浮き彫りにしていく。

このコンテンツは 2022/07/02 09:00

ウクライナ侵攻後、ロシアは停戦交渉でウクライナの中立を要求している。ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟は論外だということだ。

中立政策が専門のパスカル・ロッタ早稲田大学高等研究所招聘研究員は、ウクライナの状況は1815年のウィーン会議で永世中立を保障されたスイスと似ていると話す。ただ「現在の停戦交渉と違って、当時のスイスは積極的に中立を求めた」

中立化するとしてもウクライナが他国、できればNATO加盟国による安全保障を交渉の場で要求するのは無理からぬことだ。ロッタ氏は「まさにこの点で交渉は行き詰まった。ロシアにしてみれば、これではNATO加盟となんら変わりがないのだから」と指摘する。

1815年の交渉でスイスに軍事的保護を与えてくれる国はなかった。またNATOに加盟していないスイスは、自国の安全は自国で守るしかない。

この事実が示すのは、中立といってもその顔がひとつではないことだろう。国家の例だけでなく、赤十字国際委員会(ICRC)や国連のような組織の場合でも、中立の姿は異なっている。また中立には自己選択によるものと外部から強制されたものとがある。大国にとって中立国は自国の勢力圏と他国のそれに挟まれた緩衝地域であり、常に大国の利害が交錯する場でもあった。


中立の種類

ほとんどの中立国は自国の防衛と外国軍の通過を阻止するために相応の軍事力を備えている。反対にコスタリカ、リヒテンシュタイン、バチカンなどは非武装中立国であり、軍備を放棄している。コスタリカは米国の保護を頼り、リヒテンシュタインは言ってみればスイスを当てにしている。バチカンはいずれにせよ特異な存在だ。

中立であることで世界に背を向け閉じこもる国もある。例えばトルクメニスタンは全体主義的独裁体制であり、鎖国状態の口実として大々的に中立を旗印にしている。パスカル・ロッタ氏はトルクメニスタンが「中立を利用して国際機関を遠ざけ、内政に干渉させないようにしている」と指摘する。10年前までのミャンマーや冷戦時代のアルバニアもこれに近いだろう。

その他の国々、特にスイス、オーストリア、そしてかつてのスウェーデンとフィンランドは、中立であることを生かして国際舞台で活躍し、調停役を買って出ている。ロッタ氏はこれらの国々が融和的アプローチを取っていると話す。「ただしスウェーデンとフィンランドはもはや中立というより非同盟であり、しかもNATO加盟を申請したことでそれさえも放棄した」

ロッタ氏は、これにより紛争が深刻化しヨーロッパ大陸の安定が損なわれるとみる。中立が国内外で議論されるのは好ましいことだが、紛争がエスカレートしないよう、できるだけ多くの国に中立の立場に留まって欲しいと語る。「現時点で見られる論調はアンチ中立だ。あろうことか西側で、スイスなどの中立がロシアを助長しており、道義的に好ましくないことだと受け取られている」

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多くのアナリストや政治家が「時代のかわり目」、「新たな冷戦」という言葉を使っている。そうなると「非同盟運動」が復活するかもしれない。これは冷戦時代にエジプト、インド、ユーゴスラビアの主導で設立され、アジア、アフリカ諸国が参加した国際組織だ。東西対立に対して中立の立場を取り、どちらの軍事ブロックにも属さなかった。しかし1989年以降はその存在意義を失ってしまう。ちなみにこの運動には2010年から2014年にかけてウクライナもロシアの圧力で参加していた。ロッタ氏は「ロシアによるウクライナ侵攻でNATOが再認識されたように、非同盟運動もその意義が再発見されて復活するかもしれない。再びムーブメントが起きている」と考える。直近の対ロ制裁に、中国、インド、ガーナ、南米諸国は加わらなかった。

ウクライナ侵攻に関して公式に表明していないとはいえ、インドと中国は「日和見中立」を目指している。つまりこの紛争から距離を置いているのだ。だがスイスのような永世中立国とは異なり、常に中立であると約束したわけではない。

この姿勢は第二次世界大戦初期の米国の孤立主義と似ている。当時は中立主義と言われたが、米国の参戦で終わりを告げた。それ以前は150年間にわたり、米国はヨーロッパの戦争に対して中立の立場を取っていた。ロッタ氏は「現在の中国は19世紀の米国にたとえられる」とみる。つまり中国は軍事同盟を結ぼうとしているわけでも、ウクライナにおける戦争を喜んでいるわけでもなく、

いかなる戦争にも巻き込まれたくないのだという。「ただし台湾は例外だ。中国は戦争の準備はしているだろう」

ロッタ氏によれば、大国の中立はいつの時代も状況に合わせて変則的だという。ハーグ条約は大国のためのもので、スイスやオーストリアのような小さな中立国にはあまり意味がない。1907年のハーグ平和会議で成文化されたこの中立法は「このような理由から実に寛大で、中立国がいずれの戦争当事国も同等に扱うという条件なら武器などを売買できる」。同氏は、ハーグ条約は締結当時からからほとんど更新されておらず時代遅れだとみる。当時は存在しなかったサイバースペースやロケットは中立法で規制されない。「この協定はアップデートして21世紀の実情を反映させる必要があるだろう」

変貌するスイスの中立

安全保障の専門家リー・シャード氏によると、スイスでは多くの人が中立法と中立政策が似て非なるものだということを知らないという。国際中立法は、ハーグ条約に従って中立国の軍事紛争不参加を不変のこととして規定しているが、自発的中立政策では有事の際に自国が干渉しないことを他国に納得させることを目指しており、より柔軟だといえる。

同氏は、スイスは状況に応じ柔軟に解釈できるよう、敢えて中立政策を憲法で規定していないと解説する。「冷戦時代スイスは厳格だった。その後当時のミシュリーヌ・カルミ・レイ外相のもと、中立に関してより積極的な解釈を行った」。こうして冷戦終結後のスイスは秩序ある経済制裁を実行した。

ロッタ氏もスイスの針路が揺れ動いた例を挙げる。国際連盟に加盟していた戦間期、スイスは「部分的中立」を追求し、軍事制裁には不参加でも経済制裁には参加した。しかし1935年にエチオピアへ侵攻したイタリアへの経済制裁に南部ティチーノ州が巻き添えを食らい、部分的中立路線を保てなくなり包括的中立に後戻りした。

「積極的中立」を提唱し、多国間主義に力を尽くした元連邦議会議員ミシュリーヌ・カルミ・レイ氏、社会民主党(SP/PS)、左派 Keystone / Abedin Taherkenareh

スイスの中立を解釈し直す

シャード氏によれば、連邦大統領を兼務するイグナツィオ・カシス外相が5月末に世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で「協調的中立」という新語を使用して注目を集めたことから、現在中立という概念に非常に関心が集まっているという。パスカル・ロッタ氏は、「積極的中立」や「参画型中立」、あるいは最近の「協調的中立」などの新語は政治的な用語であり、中立を新しい包装紙で包み直すために考え出されたと話す。シャード氏もほぼ同じ考えで、「カシス氏が中立を解釈し直そうとしているように、新たな枠組みの構築が始まったのかもしれない」と話す。

両氏はこの柔軟性こそが、同じ陣営の間で同じ議論が繰り返される原因だという。中立を厳密に解釈する陣営は、スイスがすべての戦争当事者を軍事的にも経済的にも同等に扱うことを求めており、実現すれば制裁は不可能になる。「今は再び、包括的中立への回帰を望む声が大勢になっている」(ロッタ氏)

反対陣営は積極的な中立という考えから孤立主義的路線を否定し、スイスが積極的な立場を取るよう要求している。

「われわれの方針がどのようなものか、まずは明確にする必要があるだろう」(シャード氏)。そうすれば地政学的事件が発生した場合もスイスがどう行動すべきか議論できるという。

「協調的中立」を掲げるイグナツィオ・カシス連邦大統領、急進民主党(FDP/PDR)中道右派 ©keystone/peter Schneider

求められる迅速な対応

「もっと迅速に対応を」という要望は、近いうちにかなうかもしれない。政府が中立に関する新たな報告書の発表を予告したのだ。1993年に発行された前回の報告書を読むと、政府による中立の解釈が見て取れる。シャード氏によれば、今回の報告書によって冷戦終結時のような方向転換が再び起こる可能性がある。地政学的な状況変化によって中立の再定義が求められているのは今回も同じだ。

スイスが自国の中立を解釈し直すかどうか、し直すとしたらどう解釈するのかは、諸外国にとっても興味深いところだろう。「スイスがより迅速に対応可能になることが期待される」(シャード氏)。ウクライナにおける戦争勃発後、米国と西側同盟国による対ロ制裁措置の引き受けをスイスがためらったと批判された。

保守系右派で国民党(SVP/UDC)の元連邦閣僚クリストフ・ブロッハーは政府の計画を台なしにしかねない。包括的中立を憲法に明記するイニシアチブ(国民発議)を計画しているからだ。国民投票で可決されれば、厳格な中立が憲法で明文化される。つまり、スイスの「中立」の決定権を握るのは国民だ。

中立を厳格に解釈し、憲法への明記を主張している元連邦内閣閣僚クリストフ・ブロッハー氏、保守系右派、国民党(SVP/UDC) © Keystone / Gaetan Bally

独語からの翻訳:井口富美子

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